東京高等裁判所 平成9年(行ケ)89号 判決 1999年4月22日
東京都中央区京橋1丁目10番1号
原告
株式会社ブリヂストン
代表者代表取締役
海崎洋一郎
訴訟代理人弁理士
杉村暁秀
同
杉村興作
同
冨田典
同
杉村純子
同
徳永博
同
高見和明
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
伊佐山建志
指定代理人
築山敏昭
同
鈴木法明
同
田中弘満
同
廣田米男
主文
特許庁が平成7年審判第14053号事件について平成9年3月7日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
主文と同旨
2 請求の趣旨に対する答弁
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和61年3月26日、発明の名称を「空気入りラジアルタイヤ」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(特願昭61-65889号)をしたことろ、平成7年6月6日に拒絶査定を受けたので、同年7月6日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成7年審判第14053号事件として審理された結果、平成9年3月7日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同月26日にその謄本の送達を受けた。
2 本願発明の特許請求の範囲
左右一対のサイドウォール部と、この両サイドウォール部にまたがるトレッド部がトロイダル状に連なり、全体をタイヤの放射方向にコードを配列したカーカス層と、このカーカス層と前記トレッド部間にタイヤの赤道面に対して小さい角度でコードを傾斜配列した層を複数層互いにコードが交差するように重ね合わせたベルト層と、このベルト層の外周にその幅全体に亙って熱収縮性材料からなる一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付けることにより、タイヤの赤道面に対し実質上平行に配列した少なくとも1層の補助層とを具備したタイヤにおいて、前記補助層のコードの緊張割合を前記ベルト層の曲面に沿って幅方向に実質上一定としたことを特徴とする空気入りラジアルタイヤ。(別紙図面参照)
3 審決の理由
別添審決書の理由の写しのとおりであって、要するに、審決は、(1)特開昭58-73406号公報(以下「引用例」という。)には、「左右一対の側壁と、この両側壁にまたがるトレッドがトロイダル状に連なり、全体をタイヤの放射方向にコードを配列したラジアルカーカスプライ(本願発明の「カーカス層」に相当する。)と、このカーカスプライと前記トレッド間にタイヤの赤道面に対して小さい角度でコードを傾斜配列した層を複数層互いにコードが交差するように重ね合わせたベルトプライ(本願発明の「ベルト層」に相当する。)と、このベルトプライの外周にその幅全体に亙って繊維材料(本願発明の「熱収縮性材料」に相当する。)からなる一本ないし複数本のコードを螺旋状に巻き付けることにより、タイヤの赤道面に対し実質上平行に配列した少なくとも1層のキャップバンド(本願発明の「補助層」に相当する。)とを具備した空気入りラジアルタイヤ」の技術が開示されていると認定し、(2)本願発明と引用例記載の技術との対比について、本願発明は、補助層のコードの緊張割合をベルト層の曲面に沿って幅方向に実質上一定としているのに対し、引用例記載の技術では、これが明瞭に記載されていない点で相違し、その余は一致すると認定し、(3)相違点の判断について、引用例記載の技術において、完成タイヤのキャップバンドのコードの緊張割合をベルト層の曲面に沿って幅方向に均等にするという上記相違点は、当業者が容易に推考し得たものであり、そして、本願発明の構成によってもたらされる効果も、引用例記載の技術から当業者であれば予測できる程度のものであって格別のものとはいえないと認定判断した上、(4)本願発明は、特許法29条2項の規定によって特許を受けることができないとしたものである。
4 審決を取り消すべき事由
審決の理由中、2(引用例)のうちの「1本の繊維材料」
(5頁下から3行)、「一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付ける」(6頁末行及び7頁1行)の記載、3(対比)のうちの引用例の「キャップバンド」が本願発明の「補助層」
に相当するとした点(7頁9行ないし11行)の記載、4(当審の判断)のうちの「しかし、」(9頁4行)から「対象とするものである。」(同頁6行)までの記載、「補助層はベルト層を」(10頁13行)から最後まで(同頁19行)
の記載は争い、その余は認める。
審決は、引用例記載の技術の認定、本願発明と引用例記載の技術の対比の認定、進歩性についての認定判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 引用例記載の技術の認定及び本願発明と引用例記載の技術の対比の認定の誤り
(イ) 審決は、前記3(1)、(2)のとおり、引用例には、タイヤのベルトプライの外周にその幅全体にわたって繊維材料からなる一本ないし複数本のコードを螺旋状に巻き付けるとの技術が開示されており、本願発明と引用例記載の技術とを対比すると、引用例の「キャップバンド」は本願発明の「補助層」に相当すると認定しているが、この認定は、誤っている。
(ロ) 本願発明の補助層は、特許請求の範囲に、「ベルト層の外周にその幅全体に亙って熱収縮性材料からなる一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付けることにより、タイヤの赤道面に対し実質上平行に配列した少なくとも1層の補助層」と記載されており、また、発明の詳細な説明には、「フラット状のドラムD上で補助層バンドを成型する場合、補助層を構成するコードを、1本乃至複数本(例えば10本のテープ状体)、螺旋状に巻きながら補助層の全幅を成型する」(甲第3号証の1の5頁末行ないし6頁4行)と記載されているのであって、本願発明にいう「一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付ける」とは、1本ないし複数本のコードを、ベルト層の外周にその幅全体にわたって、いわば糸巻き状に多数回巻いて、少なくとも1層の補助層を形成することを意味しているものである。このことは、本願明細書に、「補助層構成部材(本実施例においてコード61は11本用いられておりゴムによりコーティングされている)を一方の端から螺旋状に順次巻き付け全体として2層の補助層60を形成する」(甲第3号証の1の10頁9行ないし13行及び同号証の2)との記載があることからも明らかである。
これに対して、引用例記載の技術においては、ベルトプライ(ベルト層)の幅と略等しい、多数本のコード(ゴム引き繊維材料)を予め並列に配設してなる1枚のバンド状体を、ベルトプライの外周に、いわば寿司巻き状に2回よりも少し多く巻き付けられて、キャップバンドを形成しているものである。引用例には、「ら旋状に巻く」という表現が用いられているものの、これは、上記のとおり、ベルトプライの外周に2回よりも少し多く巻き付けることを意味しているのである。
したがって、引用例記載の技術には、本願発明の「一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付ける」、との技術は開示されておらず、引用例の「キャップバンド」は、本願発明の「補助層」に相当しないのであるから、審決の上記認定は、誤っているのである。
(2) 進歩性の認定判断の誤り
(イ) 審決は、前記3(3)のとおり、本願発明と引用例記載の技術との上記相違点は、当業者が容易に推考し得たものであり、そして、本願発明の構成によってもたらされる効果も、引用例記載の技術から当業者であれば予測できる程度のものであって格別のものとはいえないと認定判断しているが、この認定判断は、誤っている。
(ロ) 本願発明は、タイヤにおいて、引用例のようなキャップバンドを用いる従来技術では、ベルト層の両側区域でのたが効果が中央区域と比較して小さくなり、この結果として、ベルト層の両側区域に、高速走行時における遠心力等によって半径方向外方へのせり出しが発生するのを防止するために、補助層のコードの緊張割合を前記ベルト層の曲面に沿って幅方向に実質上一定とするようにしたものであり、補助層を構成するコードを多数回巻く間に、タイヤの幅方向の中央区域と側部区域との巻付け張力を調節することによって、完成後のタイヤの補助層のコードの緊張割合が、前記ベルト層の曲面に沿って幅方向に実質上一定となる補助層の構成を可能にしたものである。
これに対して、引用例記載の技術は、前記のとおり、多数本のコードを予め並列に配設してなる1枚のバンド状体を、ベルトプライの外周に巻き付けるというものであるから、本願発明のようにコードの巻付け張力を調節することができず、製品タイヤにおいて、コードの緊張割合がベルト層の曲面に沿って幅方向に実質上一定なキャップバンドをもたらすことはできない。
したがって、当該技術分野において通常の知識を有する者において、上記のような引用例記載の技術から本願発明を想到することが容易になしうるものでない。
(ハ) 被告は、引用例によると、キャップバンドがベルトプライに付与する圧縮応力の作用する方向について、半径方向か、幅方向か、あるいは全体かについて必ずしも明確ではない旨主張するが、引用例に「キャップバンド内の前記繊維コードがそれぞれの応力を受けていない状態から約1%~約5%だけ伸ばされることによってプレストレスされて・・・ベルトに圧縮応力を与えるようになっている」(甲第2号証1頁右欄6行ないし11行)と記載されているのは、タイヤの特定の幅方向位置での周方向の圧縮応力について記載しているのであって、タイヤの幅方向にわたっての圧縮応力について記載しているものではないから、引用例が開示している圧縮応力の作用の方向として、幅方向は含まれていない。
(ニ) 本願発明は、本願明細書に記載されているとおり、
「この発明の空気入りラジアルタイヤは、グリーンカーカスと一体成型する前に、トレッド両側区域の前記補助層のコードの初期張力が、トレッド中央区域の前記補助層のコードの初期張力よりも大きくなるように前記補助層を形成した後、これとグリーンカーカスとを一体化し、加硫硬化することにより、前記補助層のコードの緊張割合をベルト層の曲面に沿って幅方向に実質上一定としたから、高速走行時において、タイヤの遠心力によってベルト層端部がせりあがるのを、補助層により確実に防止することができ、ベルト層の左右両端部の保護性を向上することができて、セパレーション故障の発生を阻止することができる。」(甲第3号証の1の15頁14行ないし16頁1行及び甲第5号証2頁7行ないし末行)という効果を有するものであるのに対して、引用例記載の技術には、タイヤの幅方向すなわちベルト層の左右両端部の保護性について全く言及も示唆もされていない。
また、本願発明の補助層におけるコード端は、巻き始めと巻き終りとの2か所だけに存在するので、タイヤ外周面のすぐれた幾何学的性質及び均一な転動性をもたらすことができるのに対して、引用例記載の技術においては、キャップバンドの端部は、幅広バンド状体の始端及び終端で、幅方向に並列配置した多数本のコードの全部が段部を形成するため、タイヤ外表面の幾何学的性質および転動性が均一にならず、タイヤ性能が低下する。
以上のとおりであるので、当業者であっても、引用例記載の技術から本願発明の上記作用効果を予測することは不可能である。
第3 請求の原因に対する被告の認否及び主張
1 請求の原因1ないし3は認め、4は争う。審決の認定判断は、正当であって、取り消されるべき理由はない。
2 被告の主張
(1) 引用例記載の技術の認定及び本願発明と引用例記載の技術の対比の認定の誤りについて
(イ) 原告は、本願発明にいう「一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付ける」とは、1本ないし複数本のコードを、ベルト層の外周にその幅全体にわたって、いわば糸巻き状に多数回巻いて、少なくとも1層の補助層を形成することを意味している旨主張するが、本願発明の明細書を精読しても「コード」について格別定義付けられているわけでもなく、かつ、一般に「コード」とは、例えば、乙第1号証(株式会社センイ・ジャアナル昭和431年12月1日発行の「増補改訂現代繊維辞典」446頁及び447頁)、乙第2号証(実開昭62-75077号公報)及び乙第3号証(特開昭61-75842号公報)にも示されているようにタイヤの分野においては、層状からなるものも含まれている。
したがって、本願発明の「一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付ける」との構成は、糸巻き状に多数回巻くものに限定されることなく、引用例記載のキャップバンドのように、バンド状体をいわば寿司巻き状に巻いたようなものも含みうるのである。そして、審決では、そのような解釈に基づいて、本願発明の「一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付ける」との構成が引用例記載の技術と比べて差異はないとしているのである。
(ロ) 更にいえば、本願明細書には、「補助層を構成するコードを、一本乃至複数本(例えば10本のテープ状体)、螺旋状に巻きながら補助層の全幅を成形する」(6頁2行ないし4行)、「幅10mmの補助層構成部材(本実施例においてコード61は11本用いられておりゴムによりコーテングされている)を一方の端から螺旋状に順次巻き付け全体として2層の補助層60を形成する。」(10頁9行ないし13行。平成7年8月7日付手続補正書)と記載されており、この記載内容によれば、コードがテープ状体のものを含むことが明示されており、また、「コードとして1260d/2、エンド数26.4本/25mmのナイロンコードを用い、」(13頁7行ないし9行)との記載内容によれば、コードは、26.4本分の幅のある層状のものであると解される。そして、コードをテープ状体としてとらえた場合、そのテープ状体の幅は、いろいろな大きさの幅のものが考えられ、例えば、ベルト層の幅と同じ程度のものとすることも可能である。
更に、本願発明の特許願に添付された図面の第3図(別紙図面の第3図)に示された例では、ベルト及びカーカスの図示を考慮しながら補助層を見ると、40ないし50のエンド数を有する1本のタイヤコードから形成される2層の補助層があるものと解釈することもできる。
(2) 進歩性の認定判断の誤りについて
(イ) 引用例によると、キャップバンドがベルトプライに付与する圧縮応力の作用する方向について、半径方向か、幅方向か、あるいは全体かについて必ずしも明確ではない。また、本願発明の課題は、補助層があるにもかかわらず、高速走行時タイヤの遠心力により生ずるベルト層端部のせり上がりを確実に防止することであるのに対して、引用例の課題は、タイヤのベルトプライの辺縁に位置されている肩帯域に分離が生ずる理由で高速度においてしばしば破損することを防止することであって、両者は、関連性を有しているのである。更に、効果の点でも、本願発明は、高速耐久性を大幅に向上せしめた空気入りラジアルタイヤが得られることにあるのに対し、引用例記載の技術では、タイヤの走行中の蛇行をなくし、高速度において破損することのないタイヤを得ることにあって、格別の相違はない。更にまた、本願発明は、物の発明であるから、たとい特許請求の範囲及び発明の詳細な説明にその物の製造方法が記載されていたとしても、その方法を考慮しなければならないとする理由はない。
以上の点を考慮すると、引用例について、キャップバンドがベルトプライに付与する圧縮応力の作用する方向を幅方向に特定することは、当業者にとって容易である。
(ロ) 引用例には、その課題として「タイヤのベルトプライの辺縁の位置せしめられている肩帯域に分離の生ずる理由で高速度に於いてしばしば破損することである。」
(甲第2号証2頁右下欄2行ないし5行)との記載があり、この課題を達成するものとして「キャップバンドコードが最も広いベルトプライの側縁をカーカスの方へ絶えず強制偏向させるように、キャップバンドは最も広いベルトプライと少くとも同じ幅を、かつ好ましくはそれよりもある程度大きい幅を有していなければならない。」(同6頁右上欄9行ないし14行)との記載があって、ベルト層両端部であるベルトプライ肩縁及び側縁の保護についての言及又は示唆があるのであるから、引用例記載の技術から、当業者であれば、前記相違点に想到し、本願発明の効果を予測することは容易である。
(ハ) 原告は、「糸巻き状」の場合にのみ巻付け張力を調節することができる旨主張するが、引用例では「寿司巻き状」のものを製造する際、本願明細書の実施例のようなフラットドラムを使用しているか否か不明ではあるものの、巻付け工程中に巻付け張力を調節することができないとする確固たる理由はないのであり、また、本願発明でいうところの「糸巻き」の場合に巻付け張力を多少調節しても(フラットドラム上で)、完成品としての効果を考えるならば、引用例の「寿司巻き状」の完成品の場合との間に格別な差異はない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の特許請求の範囲)、同3(審決の理由)は、当事者間に争いがない。
第2 本件発明の概要
甲第3号証の1(本願明細書)及び2(平成7年8月7日付手続補正書)によれば、本願発明は、空気入りラジアルタイヤ、特に、ベルト層の最外層上に配置された補助層を改良した空気入りラジアルタイヤに関し、例えば、超偏平タイヤと称されている高性能乗用車用ラジアルタイヤ等に利用されるものであり(甲第3号証の1の2頁1行ないし5行)、高速走行時におけるタイヤの遠心力によるベルト層端部のせりあがりを確実に防止して、セパレーション故障の発生を阻止し、タイヤの高速耐久性を向上することができる空気入りラジアルタイヤを提供することを目的とし(同6頁13行ないし18行)、上記目的を達成するために、特許請求の範囲記載のとおりの構成を採用した(同頁末行ないし7頁14行、[甲第3号証の2)、というものであることが認められる。
第3 原告主張の審決を取り消すべき事由について判断する。
1 引用例記載の技術の認定及び本願発明と引用例記載の技術の対比の認定の誤りについて
(1) 原告は、引用例記載の技術には、本願発明の「一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付ける」との技術は開示されておらず、引用例の「キャップバンド」は、本願発明の「補助層」に相当しない旨主張するので、検討する。
(イ) 本願発明の特許請求の範囲中には、「一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付ける」との記載があるのみで、その技術的意味を示すような記載はないので、発明の詳細な説明について考察する。
甲第3号証の1によれば、発明の詳細な説明には、「そこでこの発明の発明者等は、グリーンカーカスと一体化する前の補助層のコードの初期張力を、補助層の中央区域W1と両側区域W2で変えることに着目し、種々検討した結果、フラット状のドラムD上で補助層バンドを成型する場合、補助層を構成するコードを、一本乃至複数本(例えば10本のテープ状体)、螺旋状に巻きながら補助層の全幅を成型するに際し、補助層の両側区域W2を中央区域W1と比較して大きな張力を掛けながら螺旋状に巻き付けると、完成タイヤの補助層の初期張力乃至は初期モジュラスを、補助層の全幅にわたって実質上同一とすることができることを知見するに到った。」(5頁17行ないし6頁9行)との記載があり、同記載によれば、フラット状のドラムD上で補助層を成型するに当たって、1本ないし複数本のコードを螺旋状に巻き付けながら、補助層の全幅を成型し、その際のコードの巻き付け方として、補助層の両側区域を中央区域と比較して大きな張力を掛けるというのであるから、巻き付ける1本ないし複数本のコードは、補助層の両側区域と中央区域とで区別して張力を掛けることができる程度の狭い幅のもの、すなわち、補助層の両側区域や中央区域の幅よりも狭いものであると認められる。
このことは、本願発明の実施例の説明の部分において、「まづ、フラットドラム上でベルト層50を成型した後、ベルト層50よりも若干広い幅でベルト層50をカバーする範囲で、幅10mmの補助層構成部材(本実施例においてコード61は11本用いられておりゴムによりコーティングされている)を一方の端から螺旋状に順次巻き付け全体として2層の補助層60を形成する。なお、上述した補助層構成部材を螺旋状に巻き付ける段階で、本実施例においては補助層60の両側区域W2でのコード61の巻き付け張力を1040g/本とすると共に、中央区域W1でのコード61の巻き付け張力を800g/本に設定してある」(甲第3号証の1の10頁7行ないし19行、甲第3号証の2)との記載があって、実施例において、幅10mmの部材を使用しており、これを一方の端から螺旋状に順次巻き付け、両側区域と中央区域とで巻付け張力を変えているということからも裏付けることができるものである。
(ロ) 被告は、一般に「コード」とは、例えば、乙第1号証ないし第3号証にも示されているように、タイヤの分野においては、層状からなるものも含まれるのであり、コードをテープ状体としてとらえた場合、そのテープ状体の幅は、いろいろな大きさの幅のものが考えられ、例えば、ベルト層の幅と同じ程度のものとすることも可能である旨主張する。
そこで、検討するに、前記(イ)認定のとおり、本願発明の発明の詳細な説明には、「補助層を構成するコードを、一本乃至複数本(例えば10本のテープ状体)、螺旋状に巻きながら補助層の全幅を成型する」との記載があるところ、「コード」と10本のコードの集合である「テープ状体」とを区別して記載しているのであるから、1本のコードをもってテープ状体ということはできない。
ところで、コードの集合である上記テープ状体の幅が、補助層の両側区域や中央区域の幅よりも狭いものでなければならないことは、前記認定のとおりである。
したがって、コードをテープ状体と同視し、これを前提として、ベルト層の幅と同じ程度のものとすることも可能であるとする被告の主張は、失当というほかない。
また、被告は、本願発明の特許願に添付された図面の第3図(別紙図面の第3図)に示された例では、ベルト及びカーカスの図示を考慮しながら補助層を見ると、40ないし50のエンド数を有する1本のタイヤコードから形成される2層の補助層があるものと解釈することもできる旨主張するが、第3図に記載されている補助層が1本のタイヤコードから形成されていると認めるに足りる証拠はないのみならず、前記認定に照らせば、補助層が「40ないし50のエンド数を有する1本のタイヤコードから形成される」といえないことは明らかであるから、被告の上記主張も採用することができない。
(2) 次に、引用例記載の技術に、本願発明の「一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付ける」との技術的事項が開示されているかどうかについて考察する。
甲第2号証によれば、引用例には、「前記タイヤはトレッドの下にかつ前記金属コードベルトプライに対して半径方向外方に位置せしめられた少くとも1層の繊維コードを有するキャップバンドを有し、前記キャップバンドは相互にかつタイヤの前記正中赤道平面に平行に延びている少くとも1層のコードによって形成されて前記ベルトプライの幅に等しいかまたはそれよりも大きい幅を有し、」(3頁右上欄8行ないし16行)との記載があり、同記載によれば、引用例にいうキャップバンドは、少なくとも1層の繊維コードによって形成され、ベルトプライの幅に等しいか又はそれよりも大きい幅を有していることが認められる。
そして、同引用例には、「第3図に示されているキャップバンド28はタイヤのクラウン部分の周囲に2回よりも少し多くら旋に巻かれた1本の繊維材料から作られた平行ブライ繊維コードまたはケーブルの二つのゴム引き層によって構成されている。」(4頁右下欄5行ないし10行)との記載があり、また、引用例の第3図には、「キャップバンド28」が層状をしたバンド状の部材を2回よりも少し多く巻いた構成となっていることが認められるので、上記認定の事実によれば、引用例には、上記キャップバンドが、タイヤのクラウン部分の周囲に2回よりも少し多く巻きつけられた技術が開示されていることが認められる。
そうすると、引用例記載の技術は、タイヤのクラウン部分の周囲に巻き付けられるキャップバンドコードが、完成したキャップバンドの両側区域や中央区域の幅よりも狭いものであるとはいえず、しかも、螺旋状に巻き付けられているともいえないから、引用例のキャップバンドは、本願発明にいう「一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付ける」構成を有するものとは認められない。
(3) 上記認定の事実によれば、引用例には、本願発明の「一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付ける」との技術は開示されておらず、したがって、引用例の「キャップバンド」は、本願発明の「補助層」に相当しないものと認められる。したがって、審決は、引用例記載の技術の認定及び本願発明と引用例記載の技術の対比の認定を誤ったものである。
2 進歩性の認定判断の誤りについて
(1) 本願発明が、ラジアルタイヤのベルト層の外層にその幅全体にわたって1本ないし複数本のコードを螺旋状に巻き付けて少なくとも1層の補助層を形成した構成を有する点で、引用例記載の技術と相違することは、前記認定のとおりであり、また、本願発明が、補助層のコードの緊張割合をベルト層の曲面に沿って幅方向に実質上一定とした構成としている点で、引用例記載の技術と相違していることは、当事者間に争いがない。
(2) 甲第3号証の1及び甲第5号証によれば、本願発明の発明の詳細な説明には、次の記載があることが認められる。
(イ) 従来技術の問題点とその解決
「この種の高性能乗用車用ラジアルタイヤは、トレッド部におけるカーカス層上に、タイヤの赤道面に対するコード角度が小さい角度で互いに交差する複数層のベルト層を配置し、さらにこのベルト層のたが効果を補助する為に、ベルト層の最外層上に、熱収縮性材料からなるコードをタイヤの赤道面に対してほぼ00とした補助層を配置している。上述したラジアルタイヤは、タイヤの成型過程において第2図に示すように、フラットドラムと称されているドラムD上に巻き付けられた上記ベルト層の構成部材Bの最外層上に、上記補助層の構成部材Cを巻き付けた後、この外側にトレッドゴム等のトレッド構成部材(図示しない)を張り付けてバンド状とし、しかる後、別張りしたグリーンカーカス(図示しない)をトロイダル状に変形膨脹せしめ、その中央外周面に固着一体化することによってグリーンタイヤを成型し、さらに、これを加硫して硬化することにより完成タイヤを得ている。しかしながら、上述した従来の方法によって得られた完成タイヤの補助層を構成するコードは、トレッド中央部の外径に比べてトレッド両側部のそれが比較的小さいため(第1図参照)この補助層の中央区域W1と両側区域W2とではコードの初期張力乃至は初期モジュラスが異なる。すなわち、補助層の最も重要な両側区域W2におけるコードの初期張力乃至は初期モジュラスが外径が小さいだけ中央区域W1と比較して小さくなる。従って、ベルト層の両側区域でのたが効果が中央区域と比較して小さくなり、この結果、ベルト層の両側区域は、高速走行時における遠心力等によって、半径方向外方へのせり出しが発生し易くなる。これを抑制する目的で補助層が追加されるのであるが、重要な両側区域W2での初期張力乃至は初期モジュラスが、上述したように中央区域W1と比較して小さく、この結果、補助層を配置した効果が充分に発揮されず、高遠走行時において遠心力等により、ベルトエンドセパレーション等の故障が発生する恐れがあり、高速耐久性の向上が望めないのが現状である。」(甲第3号証の1の2頁7行ないし4頁9行)
「上述したように、補助層を構成するコードの両側区域W2での初期張力乃至は初期モジュラスが中央区域W1と比較して小さくなる理由を種々調査検討した結果、以下の理由によることが判明した。すなわち、補助層は、グリーンカーカスと一体成型する前に、前述したようにフラット状のドラムD上でバンド状に成型されるため、補助層は、第2図に示すように、全幅にわたってフラットな面となるのであるが、グリーンカーカスと一体化される際、補助層は全幅にわたってタイヤのクラウン部に対応した形状に湾曲される。この為、補助層の中央区域W1は、両側区域W2と比較して大きな張力を附与されることになる。さらに加硫金型に挿入して加硫する場合においても、加硫金型の曲率半径は、ベルト層のフラットドラム張付後のトレッド曲率半径と比較して小さいことから、結果的に完成タイヤにおいて、補助層の中央区域W1は、両側区域W2と比較して大きな張力を附与されることになる。従って、補助層のコード初期張力乃至初期モジュラスは、中央区域W1の方が両側区域W2と比較して高くなる。すなわち、補助層を構成するコードの両側区域W2での初期張力乃至初期モジュラスは、中央区域W1と比較して小さくなる。そこでこの発明の発明者等は、グリーンカーカスと一体化する前の補助層のコードの初期張力を、補助層の中央区域W1と両側区域W2で変えることに着目し、種々検討した結果、フラット状のドラムD上で補助層バンドを成型する場合、補助層を構成するコードを、一本乃至複数本(例えば10本のテープ状体)、螺旋状に巻きながら補助層の全幅を成型するに際し、補助層の両側区域W2を中央区域W1と比較して大きな張力を掛けながら螺旋状に巻き付けると、完成タイヤの補助層の初期張力乃至は初期モジュラスを、補助層の全幅にわたって実質上同一とすることができることを知見するに到った。」(同4頁10行ないし6頁9行)
(ロ) 作用
「高速走行時において、タイヤの遠心力によりベルト層端部が、せりあがるのを補助層によって確実に防止することができて、ベルト層の左右両端部の保護性を向上することができ、セパレーション故障の発生を阻止して、タイヤの高速耐久性を大巾に向上することができる。」(同7頁16頁ないし8頁1行)
(ハ) 発明の効果
「この発明の空気入りラジアルタイヤは、グリーンカーカスと一体成型する前に、トレッド両側区域の前記補助層のコードの初期張力が、トレッド中央区域の前記補助層のコードの初期張力よりも大きくなるように前記補助層を形成した後、これとグリーンカーカスとを一体化し、加硫硬化することにより、前記補助層のコードの緊張割合を前記ベルト層の曲面に沿って幅方向に実質上一定としたから、高速走行時において、タイヤの遠心力によってベルト層端部がせりあがるのを、補助層により確実に防止することができ、ベルト層の左右両端部の保護性を向上することができて、セパレーション故障の発生を阻止することができる。従って、タイヤの高速耐久性を大巾に向上せしめることができる。」(同15頁6行ないし16頁3行、甲第5号証)
(3) 上記認定の事実によれば、従来技術においては、タイヤのベルト層の両側区域でのたが効果が中央区域と比較して小さくなり、この結果、ベルト層の両側区域は、高速走行時における遠心力等によって、半径方向外方へのせり出しが発生し易くなるので、これを抑制する目的で補助層が追加されていること、ところで、ベルト層の外周に配置される補助層は、グリーンカーカスと一体化されたとき、タイヤのクラウン部に対応した形状に湾曲されるなどといった原因で、中央区域が両側区域と比較して大きな張力を付与されることになること、本願発明は、このような問題点を解決するために、ベルト層の外層にその幅全体にわたって1本ないし複数本のコードを螺旋状に巻き付けることにし、その際に、タイヤの幅方向の中央区域と側部区域との巻付け張力を調節し、中央区域より張力が少なくなる両側区域で、中央区域より大きな張力を掛けながらコードを巻き付けることによって、あらかじめ両側区域の張力を大きくしておいて、完成後のタイヤの補助層のコードの緊張割合が、ベルト層の曲面に沿って幅方向に実質的に一定になるようにしたことが認められる。
(4) 他方、甲第2号証によれば、引用例には、「本発明に企図される如くベルトで補強されたタイヤを製造する際にカーカスが実質的に平らな形または円筒形に組立てられかつ次いでトロイド形にされ、その上でベルトブライ、応力をうけていない状態にあるキャップバンド及びその上にあるトレッドゴムが予備成形されたカーカスのクラウン帯域に取り付けられて原料タイヤを完成することである。」(5頁左下欄16行ないし同頁右下欄3行)、「予備成形されたタイヤ46が成形型40へ挿入されてビード48が適当に布置されてから成形型が閉じられ、かつ高圧加熱流体例えば蒸気または熱水が加硫袋(図示せず)へ進入せしめられて、同袋をかつそれに伴ってカーカス46を、同カーカスの周囲表面50、即ちトレッドが成形型の内表面に接触するまで半径方向外方に膨張させる。」(5頁左下欄4行ないし10行)、「タイヤのこのような最終膨張中にはキャップバンドのコードが長手方向にも同じ程度に、即ちそれぞれの応力を受けない最初の長さの約1%と5%との間にかつ好ましくは約1%と3%との間に伸ばされることになり、」(5頁右下欄8行ないし13行)との記載があることが認められる。
ところで、上記膨張後のタイヤのベルトプライは、カーカスと一体化されるとともに、タイヤのクラウン部に対応して湾曲したものとなることは前記(2)(イ)に認定したとおりであるから、上記認定のとおり、ベルトプライの上に設けられた応力を受けていないキャップバンドのコードが長手方向に伸ばされるとき、伸ばされる量は、ベルトプライの曲面に沿って幅方向に異なるものとなり、結果としてキャップバンドのコードの緊張割合も、ベルトプライの曲面に沿って幅方向に異なることになると認められる。
そうすると、キャップバンドの幅方向の両側区域は、中央区域と比較して小さな張力を付与されているから、本願発明の従来技術と同様な問題が生じることになるのである。
(5) 以上によれば、本願発明と引用例記載の技術とでは、補助層成型に関する構成及び技術内容を異にするものであって、本願発明は、引用例記載のような従来技術の有していた問題点を克服し、特許請求の範囲記載の構成を採用することにより、前記作用効果を奏するものとしたものであることが認められるのであって、当業者が、引用例記載の技術から本願発明を想到することは困難であったものと認められる。
(6) 被告は、引用例について、キャップバンドがベルトプライに付与する圧縮応力の作用する方向を幅方向に特定することは、当業者にとって容易である旨主張するが、審決が引用している引用例の部分のみならず、引用例の全体を検討しても、キャップバンド内の繊維コードにプレストレスを与える技術が開示されているにとどまるのであって、コードのプレストレスがベルト層の曲面に沿って幅方向に異なる場合の問題点までを認識してこれを課題としているものとは認められず、また、本件全証拠によっても、本願発明の特許出願前に、上記問題点を解決する技術的手段が見出されていたとの証処もない。このように、本願発明の特許出願当時、従来技術の問題点の認識もされておらず、その解決手段も見出されていない以上、引用例記載の技術から、本願発明と引用例記載の技術との相違点、すなわち、補助層のコードの緊張割合をベルト層の曲面に沿って幅方向に実質上一定とするという技術事項を、当業者が容易に推考し得たとはいえないのであって、被告の上記主張は、採用することができない。
また、被告は、引用例には、ベルト層両端部であるベルトプライ肩縁及び側縁の保護についての言及又は示唆があるから、引用例記載の技術から、当業者であれば、前記相違点に想到し、本願発明の効果を予測することは容易である旨主張するが、前記認定判断に照らせば、上記主張は採用することができないことが明らかである。
更に、被告は、引用例では「寿司巻き状」のものを製造する際、本願明細書の実施例のようなフラットドラムを使用しているか否か不明ではあるものの、巻付け工程中に巻付け張力を調節することができないとする確固たる理由はないのであり、また、本願発明でいうところの「糸巻き」の場合に巻付け張力を多少調節しても(フラットドラム上で)、完成品としての効果を考えるならば、引用例の「寿司巻き状」の完成品の場合との間に格別な差異はない旨主張するが、巻付け工程中に巻付け張力を調節することができないとする確固たる理由がないこと、引用例の「寿司巻き状」の完成品の場合との間に格別な差異はないことを裏付けるに足りる立証がないので、上記主張は、採用の限りでない。
(7) 以上の認定判断によれば、本願発明は、引用例記載の技術から当業者が容易に想到し得るものであるとした審決の認定判断は違法であって、この違法は審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
3 そうすると、審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成11年4月8日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
理由
1、手続の経緯等
本願は、昭和61年3月26日の出願であって、その発明の要旨は、平成6年6月17日付け及び平成7年8月7日付けの手続補正書によって補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。
「左右一対のサイドウォール部と、この両サイドウォール部にまたがるトレッド部がトロイダル状に連なり、全体をタイヤの放射方向にコードを配列したカーカス層と、このカーカス層と前記トレッド部間にタイヤの赤道面に対して小さい角度でコードを傾斜配列した層を複数層互いにコードが交差するように重ね合わせたベルト層と、このベルト層の外周にその幅全体に亙って熱収縮性材料からなる一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付けることにより、タイヤの赤道面に対し実質上平行に配列した少なくとも1層の補助層とを具備したタイヤにおいて、前記補助層のコードの緊張割合を前記ベルト層の曲面に沿って幅方向に実質上一定としたことを特徴とする空気入りラジアルタイヤ。」
2、引用例
これに対して、平成6年3月28日付けの拒絶理由通知に引用した特開昭58-73406号公報(以下、「引用例」という。)には、
ラジアルカーカスプライについては、「体部プライ3及び5はナイロン、レイヨン、ポリエステル、金属線グラスフアイバ等の如き何でも適当な天然または合成繊維で作られたゴム引きコードまたはケーブルの層である。図示の体部プライでは、各体部プライ内のコードが真の半径方向平面に対して約10°までの反対向きにされて普通は等しい小さい角度に配向されており、従ってそれぞれの体部プライ正中赤道平面即ち中心円周方向平面に対して約80°と90°との間の反対向きバイアス角を有している。」と記載している(第4頁左上欄第1~11行)。
ベルトプライについては、「ベルトプライ21及び23は薄層状である即ち縁を丸められた平たい帯板即ちバンドの形をしているかまたは糸状である、即ち概して丸い針金またはケーブルの形をしているか何れかであっても構わない相平行するゴム引きされた金属補強要素、好ましくは鋼の層であり、かつこれらのプライは幅がトレッド15にほぼ等しい。各プライのこれら構成補強要素はタイヤの正中赤道平面に対して約16°と30°との間の実質的バイアス角に配向されている。」と記載している(第4頁左上欄第12行~同頁右上欄第1行)。
キャップバンドについては、「半径方向最外方ベルトプライ23に重ねられたキャップバンド27は非金属繊維材料、例えばレイヨン、ナイロン、ポリエステル等の多数の平行コードまたはケーブルのゴム引きされた層であり、かつ前記繊維コードまたはケーブルはタイヤの正中赤道平面に対して実質的に0°のバイアス角に配向されている即ち実質的に平行である。」と記載しており(第4頁右上欄第2~8行)、
また、作用効果として「前記キャップバンドは相互にかつタイヤの前記正中赤道平面に平行に延びている少なくとも1層のコードによつて形成されて前記ベルトプライの幅に等しいかまたはそれよりも大きい幅を有し、前記繊維コードは応力を受けたときに長手方向に伸びることができかつ仕上りタイヤにおいてはそれぞれの応力を受けない状態から約1%と5%との間に伸ばされており、従って前記繊維コードはその下にあるベルトプライに圧縮応力を加えて、前記タイヤの幾何学的性質及び転動性質を均等にし易いようにかつ遠心力を受けて前記コードが半径方向外方に動くことによるベルトプライの分離を制限するようにプレストレスされている。」と記載しており(第3頁右上欄第12~同頁左下欄第4行)、
さらに、「第3図に示されているキャップバンド28はタイヤのクラウン部分の周囲に2回よりも少し多くら旋に巻かれた1本の繊維材料から作られた平行プライ繊維コードまたはケーブルの二つのゴム引き層によって構成されている。」と記載している(第4頁右下欄第5~10行)。
そして、タイヤの製造については、「本発明に企図される如くベルトで補強されたタイヤを製造する際にカーカスが実質的に平らな形または円筒形に組み立てられかつ次いでトロイド形にされ、その上でベルトプライ、応力を受けていない状態にあるキャップバンド及びその上にあるトレッドゴムが予備成形されたカーカスのクラウン帯域に取り付けられて原料タイヤを完成することである。」と記載している(第5頁左下欄第16行~同頁右下欄第3行)。
以上の記載から、引用例には、「左右一対の側壁と、この両側壁にまたがるトレッドがトロイダル状に連なり、全体をタイヤの放射方向にコードを配列したラジアルカーカスプライと、このカーカスプライと前記トレッド間にタイヤの赤道面に対して小さい角度でコードを傾斜配列した層を複数層互いにコードが交差するように重ね合わせたベルトプライと、このベルトプライの外周にその幅全体に亙って繊維材料からなる一本乃至複数本のコードを螺旋状に巻き付けることにより、タイヤの赤道面に対し実質上平行に配列した少なくとも1層のキャップバンドとを具備した空気入りラジアルタイヤ」が記載されている。
3、対比
本願の発明と引用例に記載された発明とを比較すると、
引用例に記載された発明の「ラジアルカーカスプライ」「ベルトプライ」「キャップバンド」「繊維材料」は、本願の発明の「カーカス層」「ベルト層」「補助層」「熱収縮材料」にそれぞれ相当するので、両者は次の点で相違し、その余の点では一致する。
「本願の発明は、補助層のコードの緊張割合をベルト層の曲面に沿って幅方向に実質上一定としたのに対し、引用例に記載された発明では明瞭に記載されていない点。」
4、当審の判断
次いで、上記相違点について考察する。
引用例は、タイヤの製造方法について、カーカス層がトロイド形にされた後に、ベルト層、応力を受けていない状態にある補助層及びトレッドゴムが予備成形されたカーカス層のクラウン帯域に取り付けられることが明らかであり、補助層はトロイド形にされたカーカス層のクラウン帯域の形状に沿って取り付けられ、この状態では補助層は応力を受けていない状態にあるものである。
なお、本願の発明は、前提とするタイヤの製造方法について、「タイヤの成型過程において第2図に示すように、フラットドラムと称されるドラムD上に巻き付けられた上記ベルト層の構成部材Bの最外層上に、上記補助層の構成部材Cを巻き付けた後、この外側にトレッドゴム等のトレッド構成材料(図示しない)を張り付けてバンド状とし、しかる後、別張りしたグリーンカーカス(図示しない)をトロイダル状に変形膨張せしめ、その中央外周面に固着一体化することによってグリーンタイヤを成型し、」と記載しており(本願明細書第2頁第15行~第3頁第5行)、補助層は全幅にわたってタイヤのクラウン部に対応した形状に湾曲されるため、補助層の中央区域は両側区域と比較して大きな張力を附与されるものであり、引用例のタイヤの製造方法とは差異が認められる。しかし、本願の発明の要旨は製造方法を対象とするものではなく、物品である空気入りラジアルタイヤを対象とするものである。
更に、引用例には次工程として、「予備成形されたタイヤ46が成形型40へ挿入されてビード48が適当に布置されてから成形型が閉じられ、かつ高圧加熱流体例えば蒸気または熱水が加硫袋(図示せず)へ進入せしめられて、同袋をかっそれに伴ってカーカス46を、同カーカスの周囲表面50、即ちトレッドが成形型の内表面に接触するまで半径方向外方に膨張させる。」と記載しており(第5頁左下欄第4~10行)、補助層は成形型内最終膨張中にトレッドの曲面に沿って長手方向に伸ばされるものと解ざれ、補助層はこの時に応力を受けない状態から約1%と5%との間に伸ばされものである。
そして、「従って、ベルトコードはタイヤの成形型内最終膨張中にもしも適正に調整されないならば不均等になるおそれのあるある程度にパンタグラフされることになる。然しタイヤのこのような最終膨張中にはキャップバンドのコードが長手方向にも同じ程度に、即ちそれぞれの応力を受けない最初の長さの約1%と5%との間にかつ好ましくは約1%と3%との間に伸ばされることになり、かつそれぞれがベルトプライに近接しているためにベルトプライの金属コードに拘束力を加えることになってベルトコードができるだけ均等にパンタグラフすることになるのを確実にするようになっている。」と記載しており(第5頁右下欄第5~17行)、補助層はベルト層を構成するコードに拘束力を加え、ベルト層を構成するコードができるだけ均等にパンタグラフすることになるようにしている。このことは、補助層は最初の長さの約1%と5%との間に伸ばされることによりベルト層に均等に圧縮応力を与えているものである。
また、完成タイヤの補助層はその下にあるベルト層に圧縮応力を加えて、タイヤの幾何学的性質及び転動性質を均等にし易いように、かつ遠心力を受けてベルト層を構成するコードが半径方向外方に動くことによるベルト層の分離を制限するようにプレストレスされていることから、当業者であれば、高速走行時におけるタイヤの遠心力によるベルト層端部のせり上がりを防止できるように、補助層がその下にあるベルト層に均等に圧縮応力を加えるよう構成することは、容易になし得る。
したがって、引用例において、完成タイヤのキャップバンドのコードの緊張割合はトレッドの曲面に沿っで幅方向に均等にすること、すなわち上記相違点は、当業者が容易になし得たものである。
そして、本願の発明の構成によってもたらされる効果も、引用例に記載された発明から当業者であれば予測できる程度のものであって、格別のものとはいえない。
5、むすび
以上のとおりであるから、本願の発明は、引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
それ故、特許法第29条第2項の規定により、本件の発明については、特許を受けることができない。
よって、結論のとおり審決する。
別紙図面
20…サイドウオール部
30…トレッド部
40…カーカス層
41…カーカス層を構成するコード
50…ベルト層
51…ベルト層を構成するコード
60…補助層
61…補助層を構成するコード
<省略>